中室牧子×竹中平蔵「これからの教育政策にはデータが不可欠」―「HIP Conference vol.3」イベントレポート(2)
竹中平蔵(アカデミーヒルズ理事長 / 慶應義塾大学総合政策学部教授) / 中室牧子(教育経済学者 / 慶應義塾大学総合政策学部 准教授)
2016.05.26

HIPとビジネス系ニュースアプリ「NewsPicks」のコラボレーションイベント『HIP Conference』。第1回「モータリゼーション2.0×都市」、第2回「消費×ビッグデータ×センス」に続いて、第3回のテーマは「教育」。

第3回HIP Conferenceの2つ目のセッションは、ゲストにアカデミーヒルズ理事長 / 慶應義塾大学総合政策学部教授の竹中平蔵氏と、ベストセラーとなった『「学力」の経済学』の著者でもある教育経済学者 / 慶應義塾大学総合政策学部 准教授の中室牧子氏のお二方をお招きし、「教育政策イノベーション」をテーマに話し合っていただいた。

取材・文:HIP編集部 写真:御厨慎一郎

成功者の話を聞いても参考にはならない。データを分析し教育に活かす「教育経済学」とは

中室牧子氏は、日本銀行からキャリアをスタートし、その後、世界銀行での勤務を経てコロンビア大学で博士を取得。日本に帰国してからは教育経済学の研究者となり、現在、慶應義塾大学総合政策学部で准教授を務めている。「教育政策イノベーション」のセッションは、まず中室氏が持つ問題意識のプレゼンテーションからスタートした。

中室「2015年6月に『「学力」の経済学』という書籍を執筆しました。これが幸いなことに18万部を超えるベストセラーとなっていまして、書いた本人からするとかなり驚いています。なぜなら、私自身に子どもはいないですし、大学で准教授をしていますが、学生からも大して尊敬されていません(笑)。親としての主観もなければ、教育者としても哲学も持っていない私が、経済学者として教育に関する知見を書いたものが、多くの方に読まれたんです。」

中室牧子氏(教育経済学者 / 慶應義塾大学総合政策学部 准教授)

では、中室氏の研究はこれまでの教育に関する研究とどこが異なっているのだろうか。

中室「これまで多くの教育関連の書籍は、優れた教育者の主観的な視点から書かれたものや、優秀な子どもを育てた経験者の視点から書かれたものでした。でも、元陸上競技選手の為末大さんが、『ウサイン・ボルトの真似をしてもウサイン・ボルトにはなれません』とおっしゃっていた通り、天才の真似はできない、ということなのでしょう。そこで、個人の経験の集合である大規模なデータを分析し、それを子どもにインセンティブを与えるメカニズムを明らかにしようとするのが『経済学』です。」

日本人は英語力以前に、自らの考えをプレゼンテーションすることに慣れていない

中室氏のプレゼンテーションが終了した後は、会場から教育に関する質問を集め、その質問を踏まえた上で中室氏と竹中平蔵氏が対談する形式で進められた。

中室「教育に関する論点はいくつかありますが、英語を学ぶことの重要さやアメリカとの差について、竹中先生はどう思われますか?」

竹中「すごく良い質問ですね。英語教育と日本人のアイデンティティは、よくセットで論じられます。『英語を早期から学ぶようになると、日本人のアイデンティティが失われる!』と。日本は、海外と比較して英語を学び始める時期が非常に遅い。ASEANの公用語は英語になっていますし、英語の教育を強化しないといけないのは明らかです。そもそも、『英語か日本語か』という発想が間違い。日本人の英語話者が『日本人のアイデンティティがない』わけではないですし、英語に関して一つの考えに囚われている人が多いようですね。」

竹中平蔵氏(アカデミーヒルズ理事長 / 慶應義塾大学総合政策学部教授)

中室「大学などにおける、アメリカと日本の教育システムの差についてはいかがですか?」

竹中「日本は明治維新以来、促成栽培で人材を育成してきました。知識を詰め込み、国家公務員の上級試験を実施してエリートを採用していたのだそうです。この仕組みは、地方出身者でも大学に進学できるまで大学の大衆化を進めることができ、素晴らしかった。ですが、海外では『知識を詰め込むスタディではなく、自ら考えるラーニングが必要』だと言われています。日本の教育の考え方は、『ラーニング』にはなっていない。だから、日本の大学入試は海外の大学と比べると、かなり簡単だと言えます。ほとんどが記憶力だけで答えられるのですから。」

中室「予防医学研究者の石川善樹さんと対談をした際、石川さんがTOEFLやGREという英語の試験の特徴について面白いことをおっしゃっていました。TOEFLやGREのライティングの問題は、だいたいの場合、明確な答えを求めません。例えば『美術館と博物館、どちらが好きですか。』というような問題です。でもその中で、どちらが好きかということを論理的に、説得的に示さないといけない。英語力以上に、論理性、説得性が問われますが、日本の教育の中では、そういう質問に答えるトレーニングを行ってきていないと思うのです。仮に英語で文章を書く力があったとしても、TOEFLが出すような問題に答えられていないのではないか、と。」

竹中「それは面白い視点ですね!」

誠実さや勤勉さなどの「非認知能力」も数値化できる時代に

中室「テストで測ることができない能力にも注目しなければなりません。IQなどを『認知能力』と呼びますが、それに対して想像力やコミュニケーション能力などを『非認知能力』と呼びます。様々な非認知能力がありますが、最近の経済学の研究では誠実性や勤勉性、自制心などは、昇進や労働生産性に影響を与えることが明らかになってきており、『勉強だけができてもダメ』という多くの人が実感していたことも、エビデンスに基づいてわかってきています。」

竹中「非認知能力も数値化できるようになってきていると伺っています。数値化はどのように行っているのでしょうか?」

中室「非認知能力の数値化は、心理学でその方法論が確立しています。質問紙調査から測る方法もありますし、最近ではMRIなどを用いて脳の動きを観察するなどする方法もあります。」

竹中「非認知能力の中でも、特に注目されているものはありますか?」

中室「最近注目を集めているのは、やりぬく力『Grit(グリット)』です。これは、ペンシルバニア大学の心理学者のアンジェラ・リー・ダックワース氏が最初に数値化したのですが、成功する人々は総じてこの数値が高く、例えば上場企業の社長は『Grit』が高いと言われています。また、Gritと並んで重要だと言われる『自制心』について。大阪大学の著名な行動経済学者である池田新介教授の研究には、夏休みの宿題を終わりのほうにやるような(自制心のない)子どもは、ダイエットや禁煙、貯蓄などができない大人になる傾向があることが明らかになっています。」

竹中「そのような非認知能力は、一体どうしたら鍛えられるのでしょうか。」

中室「池田教授は、著書『自滅する選択』の中で、『コミットメント』や『マイルール』を作ることを提案しておられます。例えば、貯蓄性向の低い人は流動性の低い資産や解約が高くつく積立貯金などでおカネを貯める、であるとか、ダイエットを考える場合は『午後8時以降は間食はしない』というマイルールを設定するなどです。これ以外にも、計画期間を短く刻んで行動計画を立てることも提案しておられます。これについては心理学の研究にも類似の結論に至っているものもあり、まとめて課題の締め切りを設定するよりも、細かく刻んで課題の締め切りを設定したほうが子どもの学力が高くなったことが示されています。」

日本はパネルデータがないから、政策が将来どうなるか見通しが立たない

竹中「中室さんがもし文部科学省の大臣になったとしたら、どんな政策を行いたいですか?」

中室「アメリカでは『パネルデータ』と呼ばれる、個人を長期間追跡調査したデータの蓄積に、国としてずいぶん投資をしているという印象があります。1人の個人を10年、20年、長いものでは70年追跡した調査が存在しています。教育の効果がすぐに表れるものではないので、人生のどのタイミングで行った投資が、どのタイミングで効果が出たかを明らかにするためには、こうした追跡調査が必要なのです。このため、政策を実施したときに将来どうなるか、という見通しが立たないのです。」

竹中「日本とアメリカのパネルデータに対する姿勢はどう異なるのでしょうか。」

中室「アメリカでは、『データはインフラである』という認識があります。国民の税金を投じて収集されたデータは、政府の占有財産ではなく、国民の財産だという感覚も広く共有されています。しかし、残念ながら日本の行政にこの感覚はありません。日本の場合、パネルデータの収集は、政府ではなく、大学が中心的にその役割を担っているます。本学のパネルデータ設計・解析センターや東京大学社会科学研究所の社会調査・データアーカイブ研究センターなどですが、研究資金に時間的な期限がある大学に丸投げするのではなく、やはり政府でもパネルデータの収集にしっかり取り組んでもらいたいと思います。」

竹中「データの重要性は十分に伝わりました。ですが、政策形成をする際に、データが揃っていることはほとんどありません。政策決定者はデータがない中で意思決定しないといけない。これは経営者も同じです。データがない状態で、大臣として何か決断するとしたら、中室さんは何を行いますか?」

中室「データがない中で決断するとしたら『海外の経験に学ぶ』ということではないでしょうか。海外で先行的に行われた研究は非常に多くの知見を私たちにもたらしてくれるものの、これまで海外の研究成果が日本の政策決定に活かされたことはあまりありません。これに加えて、国家戦略特区などを活用し、小規模な実験ができないかを考えます。ビジネスと同様、まずはパイロット・プロジェクトを実施し、短期間でもよいのでその効果を検証してみる。そこである程度行けそうだなという感覚が得られたら、広げていく。小さく始めて大きく育てる政策決定のプロセスがあってもいいのではないでしょうか。」

竹中「仮に特区を作るとしたら、そこでどんなことを行いたいと考えていらっしゃいますか?」

中室「国家戦略特区の枠組みで行うかどうかは議論の余地があるものの、教員免許に関する規制はもう少し緩和すべきではないかと思っています。現在、教壇に立つためには、教員免許は必須になっていますが、外国人の英語教員や社会人経験のある教員がいてもよい。学力困難地域では、教員の成り手がなく、教員が不足しているとも聞きます。教員免許でもって、そういう人が教壇に立つことを妨げる理由はないように思います。」

企業だけでなく、政策もデータドリブンで決定できる組織へ

「教育政策イノベーション」のセッションで一貫して語られていたのは、政策をはじめ何かを判断する際には、データに基いて議論し、判断をすること。そして、そのためにデータを常日頃から収集するように行動することの重要さだ。

仮にデータが十分に蓄積されていなかったとしても、その場合は海外の先進事例に学ぶ、もしくは小さく実験するなど、何かしらのエビデンスに基いて議論し、判断するべきだと語られていた。

これまでと比較して、現代においては、数多くのデータを収集することが可能になり、かつ膨大な量のデータを分析することも可能になっている。そうなれば、さらにデータを収集し、データに基づいて政策を考えていくことが重要になるだろう。

こう考えると、政策において必要になっている考え方は、ビジネスにおいて重要な考え方と似た部分が多いようだ。今後は、企業がデータドリブンな組織へと変化が求められているように、政策もデータドリブンで決定ができるよう、組織が変化していく必要があるだろう。

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