中止を諦めきれず、新規事業で二度も復活。富士ゼロックス技術者の転換点とは
江草尚之(富士ゼロックス株式会社 開発企画管理部)
2018.09.28

いまでこそ当たり前のように行われているオープンイノベーション。その言葉がまだ世の中に浸透する前の1999年から、率先して社内外の人たちとともに新たな価値創造に取り組んでいるのが、富士ゼロックス株式会社(以下、富士ゼロックス)だ。同社は「Virtual HollywoodⓇ Platform(以下、VHP)」というプログラムのもと、新規ビジネス創出や社会課題解決などへの思いを持つ社員が、自ら手を上げて具現化に向け実践する場を設けている。

このVHPに参加しているプロジェクトのひとつに、「MOEプリント(以下、MOE)」という特殊な印刷技術を事業化するプロジェクトがある。現在、デジタル複合機やレーザープリンターなどには「ゼログラフィー」と呼ばれる複写技術が主に活用されているが、それでは対応できない素材に対して、このプリント技術が活きるという。

富士ゼロックスの技術者である江草尚之氏は、その第一人者。このMOEの研究開発に10年以上携わっている。「もしMOEと出会わなかったらいまの自分はいない」。そう笑顔で話す江草氏だが、ここまでの道のりは長く険しいものだった。MOEの商品化、事業化のために粘り強く活動してきた一人の技術者の愚直な取り組みに迫る。


取材・文:村上広大 写真:大畑陽子

すべてのものに印刷できる技術を実現したい一心で、研究を続けている。

HIP(以下、HIP):MOEは、どのような特長のある印刷技術なのでしょうか?

江草尚之(以下、江草):MOEとは「Marks on Everything(すべてのものに印刷できる)」の略称です。実際には、現段階では「すべてのもの」には印刷できないのですが、プラスチックや木材、布生地、陶器など、従来の印刷技術では対応が難しかったさまざまな素材に、特殊なフィルムとラミネーターを使ってプリントします。

表面がフィルムで保護されているため画像の耐久性が高く、従来の技術を使うよりも短い納期で印刷でき、さらにコストも安くすみます。いつか本当に、名前のとおり「すべてのものに印刷できる」技術にしたいと思いながら、改良を続けています。

富士ゼロックス株式会社 江草尚之氏

HIP:江草さんはMOEを事業化するプロジェクトに、2005年から、富士ゼロックスのオープンイノベーションプラットフォームであるVHPを活用して取り組まれているそうですね。どのような経緯で活動がスタートしたのでしょうか?

江草:もともとMOEの技術開発はVHPとしてではなく、2001年に組織的なプロジェクトとして始まりました。当時、ある国が16歳以上の国民全員にICカードを配る国家プロジェクトを行っていました。そのカードの印刷に、富士ゼロックスのプリンターが採用されたのです。

通常の「ゼログラフィー」ではカードにダイレクトに印刷することはできませんから、その国でどのようにしてカードに印刷しているのか調べました。それが、特殊なフィルムにプリントした後、ラミネートするという方法でした。

当時日本国内のカードはダイレクト印刷が主でしたが、そこから、ラミネートによる転写プリントを使ったカードビジネスが日本でも成立するのではないかという話になりまして。カード用のMOEフィルムとカードプリントシステムを開発し、2003年から営業活動が開始されました。

クオリティーに絶対の自信を持っていたので、お客さまがつかないなんて信じられなかった。

HIP:最初は自主的なプロジェクトではなく、組織的な活動として始まったのですね。

江草:はい。そこに私は技術者の一人として参加していました。もともと会社から指示されて始めた仕事だったので、特別な思い入れもありません。そして2年後、営業活動の目立った成果を出すことができないまま、プロジェクトは2005年に中止が決定されてしまったのです。

そのとき、MOEの印刷クオリティーに絶対の自信を持っていた私の胸に、「信じられない」という気持ちが沸き起こりました。綺麗に印刷できることはもちろん、傷にも強い。こんなに優れたものにお客さまがつかないなんて、ありえないと。

MOEで印刷された競馬パネル。傷に強く、表面を布巾で拭いても問題ない

江草:そこで私を含む技術開発メンバー3人で、開発本部長に営業活動の継続を嘆願しました。そして半年という条件つきで承諾を得て、営業ど素人の私たちが、VHPのプロジェクトとして活動することになったのです。

HIP:半年という条件の意図は?

江草:期限は私たちから提案しました。半年やって何も成果が出なければ、諦めもつくだろうと。だから2005年のこの半年が、私の人生の分岐点になったと思います。もしこのときMOEに何の反応も得られなかったら、きっといまは違った生き方をしているでしょう。

営業経験はゼロ。技術者ならではの視点が、ビジネスモデルをあらためるきっかけに。

HIP:ということは、たった半年で成果が出たのですね。営業チームのメンバーはプロジェクトを去り、技術開発メンバーだけで活動を行ったにもかかわらず、顧客を獲得できたポイントは何だったのでしょうか?

江草:そのときまで研究開発ひとすじでしたので、営業のノウハウなどまったくありませんでした。ただ、「2年の営業活動の結果、カードはニーズがなかった」と思ったので、カード以外で、プラスチックなどの特殊印刷を行っている印刷会社に突破口を探しました。

たとえば「消化器」「非常口」「新幹線の座席表示」など身の回りのサインパネルに始まり、家電製品のボタンパネル、レシピやメニューカード、記念写真、美術品まで、プラスチックに印刷されているものはたくさんあります。

およそ50社の扉を順に叩き、とにかくMOEの印刷クオリティーを見てもらおうと、サンプルをひたすら見せて歩きました。

HIP:愚直な努力が実を結んだのですね。

江草:活動をするなかで、顧客がつかなかったのは「ビジネスモデルの描き方」がよくなかったのだ、と次第に気づいていったのです。というのも、組織的な営業活動をしていた頃は、MOE用の「カードプリンターを販売する」ことでビジネスをつくろうとしていました。

このプリンター販売ビジネスの顧客となりうるのは、カード事業に取り組んでいる会社。しかしカード事業者というのは日本に数える限りしかなく、そうなると市場がほとんど描けない。加えてお客さまにプリンターへの初期投資をしていただく必要があるので、顧客を見つけるハードルがとても高いビジネスモデルになっていました。

江草:VHP活動を始めてからの私たちは、印刷物のクオリティーをセールスの主役に置き、プラスチックなどの特殊印刷を行っている印刷業者を回りました。つまり私たちが描いたビジネスモデルは、ニーズに応じてこちらがプリントを請け負い、成果物を納品するサービス型。顧客の初期投資を必要としないかたちに切り替えたことで、営業先からクオリティーへの称賛の声も聞こえてくるようになり、顧客獲得への自信になりました。

HIP:既存の営業の常識にとらわれない視点でビジネスモデルを転換し、功を奏したのですね。最初の顧客はどのように見つかったのでしょうか。

江草:顧客になってくれたのは、富士ゼロックスの100%子会社である株式会社クロスワークス(現・富士ゼロックスシステムサービス株式会社)でした。クロスワークスに対しても、もちろん他社同様、カード以外の用途を念頭にサンプルを見せて営業しました。ところがそのご担当者から、「カードにプリントできるなら採用してもいい」と言われたのです。これには驚きました。

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