「UXデザインを重視しない企業に未来はない」。その重要性を安藤昌也氏が語る
安藤 昌也(千葉工業大学 先進工学部知能メディア工学科教授)
2018.03.05

生活必需品が当たり前のように手に入り、さらには「断捨離」ブームのように不必要なものは持たないことがもてはやされるようになった現代。21世紀に入るころまでは、「新しい商品」はそれだけで価値があるとされていたが、現在、ものは簡単に売れなくなった。いかに消費者に求められる商品・サービスをつくり出すか。それが各企業の命題になりつつある。

そこで注目されるようになったのが「UX(ユーザーエクスペリエンス)デザイン」だ。「UX」とは製品やサービスを通じて得られるユーザー体験のこと。たとえば、コーヒーだけでなく、「サードプレイス」をコンセプトに、オフィスでも家でもない「少しだけリッチな店舗体験」を提供するスターバックスコーヒーは、UXとビジネスが融合した代表的な成功例だともいわれている。

「これから先、UXを考えた製品やサービスを生み出せない企業は遅れをとっていく」。そう辛辣に話すのは、UX研究の第一人者であり、多くの日本企業のコンサルティングを行う千葉工業大学教授の安藤昌也氏だ。UXデザインがビジネスに与えるインパクトと、その導入のためのポイントについて話を聞いた。

取材・文:村上広大 写真:玉村敬太

「その商品にまつわるあらゆる体験」を設計することがUXデザインなのです。

HIP編集部(以下、HIP):数年前から、日本のビジネスの現場で「UX(ユーザーエクスペリエンス)デザイン」という言葉を耳にする機会が増えました。これはそもそもどういった概念なんでしょうか?

安藤昌也氏(以下、安藤):UXとは、製品やサービスを通じて得られる「ユーザー体験」のことをいいます。そのユーザーの利用体験を、行動や感情といった複合的な観点から考慮しつつ、製品やサービスを企画の段階から理想のユーザー体験を目標としてデザインしていくことが「UXデザイン」の概念です。

たとえば、ある商品の「体験」とは、そのものを使っている時間に限りません。購入前の情報収集や、購入後のアフターフォローなども検討すべき「体験」に含まれます。「その商品にまつわるあらゆる体験」を設計することがUXデザインなのです。

UXの概念自体は1990年代からあったのですが、日本で頻繁に使われるようになったのは2010年ごろ。IT企業を中心に、ユーザーにとって使いやすいインターフェースを設計するための方法論として広がりはじめ、現在はメーカーなどの製造業にまで浸透してきています。最近は、UXデザインの専門部署や、CXO(最高ユーザー体験責任者:Chief Experience Officer)という役員を置く企業なども増えてきています。

安藤 昌也(千葉工業大学 先進工学部知能メディア工学科教授)

HIP:UXデザインが重要視されるようになったきっかけは何だったのでしょうか?

安藤:ぼくは、スマートフォンの登場だと考えています。優れたUXデザインのスマートフォンが世界中で瞬く間に普及したことが、UXデザインの必要性を高めるきっかけになりました。スマートフォンはパソコンと違って、どこでも使えるので、ユーザーが使う状況をより深く考えて、サービスを提供する必要が出てきたわけです。

また、世界中の優れたサービスを誰もがすぐに体験できるようになったため、企業が想像する以上にユーザーがずっとリッチな体験をしているケースも多くなりました。

たとえばカーナビはその典型です。ハードウェアとしてのカーナビは、スマートフォンのカーナビアプリと比較すると、値段が高いわりに使いにくく、融通がきかない製品だと感じられるようになってしまいました。

このように、次第に消費者の認識も変化してきています。いまのユーザーは、単に商品が欲しいわけではありません。商品を通して得られる体験を求めているのです。「インスタ映え」という言葉は、ここ数年のキーワードですが、これこそまさに体験を消費していることにほかなりません。企業は「ユーザーが本当に、本質的に求めていることは何か?」をこれまで以上に考えないといけない時代に突入したわけです。

HIP:しかし、これまでも企業はユーザーのことを考えて製品開発をしてきたのではないでしょうか?

安藤:そうですね。「顧客目線」という言葉があるように、各企業がこれまでに生み出してきたものにもUXデザイン的な視点はもちろんあります。しかし、ユーザーはやりたいことを達成する手段として商品や機能を求めているはずなのに、企業はどうしても技術や機能中心での商品を開発しがちです。特に製造業などでは、その機能を使わせることばかりを考えてしまい、ユーザーの「本当のやりたいこと」と十分に向き合ってこなかったんじゃないかと思うんです。

以前の商品企画の考え方では、たとえば10,000人のユーザーにアンケート調査をして、その人たちが欲しいものを尋ねる。そして、その最大公約数的なものをつくれば、多くの人のニーズを満たす商品がつくれるという発想でした。確かにこれでも新商品や新しい機能を開発できます。

しかし、この方式だと、多機能にはなりますが、できた製品の使い方はユーザーまかせ。その機能や特性を理解して、思い通りに使える人は結局ごく一部になってしまうわけです。たくさんの人のニーズを満たしたつもりが、結局誰にも使われないものになってしまう。こういった悪循環に気づいていない企業が、これまでは多かったように思います。

HIP:必要以上に多機能化を進めることが、日本のメーカーの課題であると指摘する声が多いですよね。

安藤:UXデザインのアプローチでは、たくさんのユーザーのニーズを調査することよりも、少数でも実際のユーザーに会って、深く調査することを重要視します。その人がいまやっていること、考えていること、本当はやれたらいいなと思っていることなどを、観察やインタビューを通じて丁寧に把握します。こうして得た調査結果を分析し、環境や時間の変化をも考慮したうえで、どうやったらその企業らしい方法でユーザーのやりたいことを実現できるかを考えるんです。

極端にいえば、本当に使うたった1人のために、理想の体験を徹底的に検討する方法だともいえます。あるユーザーにとって使いやすいものは、類似の利用環境にある人にとっては、同じように使いやすい。あるいは、特定の目的を持った人にとってわかりやすい製品は、類似の目的を持った人にとっても、何ができるかが推測しやすいはずです。こういう考え方が、UXデザインの根底にあるわけです。

だから、UXデザインの重要な技法には、ユーザーの行動やニーズを分析して、パターンやモデルをつくるものが多いのです。たった1人といっても、それはあるパターンのユーザー群を意味していますので、結果的には狙ったユーザーグループには正しく理解され、きちんと売れる商品がつくれる、というわけです。

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良いUXデザインのために必要なのは「多様な経験、感情を知ること」