INTERVIEW
「ソニーらしさ」を取り戻す。危機感から生まれた、新規事業創出プログラムの舞台裏
田中章愛(ソニー 新規事業創出部 toio事業室統括課長)

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2017.11.24

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「ソニーらしい製品」と聞いて、なにを想像するだろうか。「ウォークマン」「ハンディカム」「プレイステーション」「AIBO」など、プロダクト例は、世代や趣味によって異なるかもしれないが、枚挙に暇がないだろう。

一時期は、「ソニーらしい製品がなくなった」といった厳しい声とともに、業績を心配する声も聞こえていたソニー。しかしいま、その苦難を乗り越え、ソニーは「復活」というキーワードとともに語られ始めている。

なかでも、次々にオリジナリティーあふれるプロダクトを発表し、注目を浴びているのが、新規事業創出プログラム「Seed Acceleration Program(以下、SAP)」の存在だ。SAPを一言で表すなら「オープンイノベーションをテーマに、新しい事業アイデアを集め、育成する場所」。ソニーグループの社内において、これまでにないさまざまなアイデアを募り、社内オーディションを通過したプロジェクトチームに対して、スピード感を持って事業化するサポートを行うプログラムである。

そのSAPの立ち上げメンバーの一人が、田中章愛氏。自らもSAPを通じて、アイデア次第でさまざまな遊びが楽しめるトイ・プラットフォーム「toio」の製品化に向け取り組んでいる。しかし、大企業の中でスタートアップのようなイノベーションやスピード感を実現することは、簡単なはずがない。SAPが生まれた背景にはなにがあったのか。その挑戦とソニー復活の舞台裏を聞いた。


取材・文:笹林司 写真:玉村敬太

ソニーには、「放課後活動」という文化が脈々と続いている。

HIP編集部(以下、HIP):田中さんは、ソニーの新規事業創出プログラム「SAP」の立ち上げに携わっていますね。そのSAPを自ら利用して、2017年6月に発表したおもちゃ「toio」について、簡単にお聞かせください。

田中章愛(以下、田中):toioは、さまざまなおもちゃと組み合わせて遊ぶことができる「トイ・プラットフォーム」です。基本は本体にあたる「toio コンソール」、内蔵のモーターで動き回る「toio コア キューブ」、コントローラーである「toio リング」の3つから構成されています。「toio コア キューブ」を「toio リング」などで動かして遊ぶのですが、その動きのパターンを「toioコンソール」に差し込むカートリッジによって変えることができ、アイデア次第でゲーム、工作、学びなど、さまざまなことに応用できます。

HIP:土俵を模した専用マットの上でキューブを動かして、相撲をとるゲーム「クラフトファイター」を試してみましたが、自在に動き回るキューブが自分の分身に思えて、大人でもはまってしまいます。

田中:コンセプトは「おもちゃの世界に入りこむ」なので、自分の分身だと思ってもらえたのは嬉しいですね。このコンセプトは、開発当初から変わっていません。もともと「toio」は、「ToyAlive」という名称で、SAPが誕生する以前、2012年頃から「放課後活動」を利用してつくりはじめました。

HIP:「放課後活動」ですか?

田中:ソニーでは、業務外で自分がやりたいことをやったり、つくりたいものをつくったりする文化が脈々と続いているんです。それは、「机の下」とか「手弁当」「草の根」など、いろいろな言葉で表現されますが、私は「放課後活動」と銘打ってやっていました。「机の下」だと、なんだか隠れているような雰囲気でしょう(笑)。別に悪いことをしているつもりもないから「放課後活動」なんです。

HIP:具体的には、どういったことをされていたのでしょうか。

田中:社外のデザイナーと組んでアート作品風の照明や電子工作キットなどをつくり、イタリアで開催されている世界最大の国際家具・デザインの見本市『ミラノサローネ』などで発表しました。ただ、私が珍しい存在だったわけではなく、社外の展示会でソニー社員の名前を見ることはよくありましたね。

新規事業創出部 toio事業室統括課長 田中章愛

HIP:そんな土壌があったから、「toio」の元である「ToyAlive」も生まれたというわけですね。

田中:そうですね。私はソニーに入社してから8年ほどロボットの研究開発を行っていたので、シンプルなロボットとゲームを融合させて、なにか新しい遊びができないかと考えていたんです。

そのアイデアを、新規事業を起こすために開いていた若手社員の勉強会に提出したとき、ソニーCSL(ソニーコンピュータサイエンス研究所)の人間が興味を持ってくれて、とりあえず試作品を制作することになったんです。部品や形状は違いますが、いまの「toio」に近いものができあがり、ユーザーテストのときから、子どもたちの反応も良かったですね。その後、2013年に行われたソニーCSLのイベントで一般公開しました。

おもしろいプロダクトというだけでは商品化は難しい。事業につなげる仕組みづくりが必要だと痛感した。

HIP:「ToyAlive」の評判が良かったにもかかわらず、商品化に至らなかったのはなにか理由があったのでしょうか?

田中:ひとつは技術的な問題です。「ToyAlive」は、ロボットの動きを制御するために天井にカメラを設置する必要があったので、家で遊ぶには難しかった。「toioコアキューブ」には、専用マットと組み合わせることで、自らの位置を捕捉できる「絶対位置センサー」を内蔵しているのですが、製品化にはその実現が大きかった。

もうひとつは、ビジネスとして成立させられるかという問題です。大量生産はできるのか、価値とコストと価格のバランスをどうするのかなど、さまざまな課題をクリアできる見通しが立ちませんでした。おもしろいプロダクトというだけでは、世の中には出せないということを思い知らされましたね。

HIP:「放課後」におもしろいものをつくる文化はあったけれど、それを世の中に出すための仕組みの必要性を感じた。

田中:そうですね。「ToyAlive」が一時的に保留になったことから、小さなプロジェクトを事業へとつなげるための仕組みがあったらいいのにという考えを持つようになりました。

またその後、スタンフォード大学の訪問研究員として留学したのですが、そこで多くのスタートアップの手伝いをしたことも貴重な経験になりました。仲間同士でとりあえずつくったプロダクトで盛りあがって、そのまま会社になるというのは、日本ではなかなか見られないものでしたからね。

HIP:おもしろいものがそのまま事業化していくさまを、間近で見ることができた。日本と比べてアメリカは、スタートアップへの理解が広く、成功もしやすいといわれますよね。

田中:そうですね。でも、事業をスケールさせるのはどの国にいても大変ですし、成功のしやすさはあまり変わらないんじゃないかとも思いました。圧倒的にスタートアップの数が多いので、結果的に目立つ会社が生まれやすい、ということだと思います。最大の違いは、おもしろいものをつくって見せあう、ノリの軽さのようなものだと感じました。

HIP:その留学から戻ってきた2014年に、SAPの立ち上げに携わることになるんですね。

田中:たまたま若手社員を中心に、小さなプロジェクトを事業化するためにはどうすればいいかという勉強会を開いていた時期でした。また同時期に経営陣の危機感から、トップマネジメントとしてSAPの話が立ち上がったんです。そこに勉強会のアイデアを盛り込めればと思い、参加することになりました。

HIP:2013年にソニーの社長に就任した平井一夫氏は、就任当初のインタビュー取材で、「経営の構造改革の重要性とともに、ソニーらしい製品やサービスが出ていないことを危惧している」という話をしていました。

田中:社内の至るところで、役職に関係なく、同じ思いが募っていたのでしょうね。いまなら自分が沸々と考えていたことを実現できるかもしれないと、SAPの立ち上げメンバーに参加させてもらいました。

危機感から生まれた新規事業創出プログラム「SAP」。3年で13のアイデアを事業化したスピード感の秘訣は?

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