INTERVIEW
JR東日本×東京メトロ対談。ベンチャーとの協業に舵を切った両社の危機感
柴田裕(東日本旅客鉄道株式会社 経営企画部 / JR東日本スタートアップ株式会社 代表取締役社長) / 中村友香(東京地下鉄株式会社 経営企画本部 企業価値創造部)

INFORMATION

2018.05.28

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「安全・安心な輸送事業だけを行っていればいい」という企業文化を壊す。

HIP:東京メトロもJR東日本も、これまで「自前主義」でさまざまな新規事業を立ち上げてきました。ベンチャー企業との協業による新規事業への取り組みは、これまでとなにが異なるのでしょうか。

柴田:JR東日本がこれまで独自で行ってきた新規事業は、すでに自分たちが展開している事業をブラッシュアップする視点でした。たとえば駅ナカに免税店をつくろうとか、既存のものに対して、何をプラスするかを考えると言えばわかりやすいかもしれません。

しかし、ベンチャー企業は発想が逆。彼らはまずやりたいことがあり、そのための技術やサービスを持っています。その想いと技術を、JR東日本と掛け合わせたら、どんな新たな価値を生み出すことができるのか。それを一緒になって考え、二人三脚で新しいものをつくっていくという取り組みは、われわれにとって新鮮なものでした。

HIP:今年に入って、JR東日本スタートアップというCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)の会社も設立されました。柴田さんはその代表も務めていらっしゃいますね。

柴田:これは、私たちが本気でオープンイノベーションに取り組む覚悟の表れです。独立した組織にしたことで、グループ社員7万人超の大組織のしがらみから離れて、スピーディーかつ自由に動けるようになりました。

私は、JR東日本スタートアップを「JR東日本の三河屋」だと言っています。『サザエさん』に登場する三河屋さん(酒屋の主人)は、自宅まで御用聞きに来てくれるでしょう。私たちも社内の事業部に「どんなものが欲しいですか?」「どんな悩みがありますか?」と御用聞きにいって、その課題を解決してくれるベンチャー企業との橋渡しができればと思っています。

新しい事業やサービスを生み出し続けることで、JR東日本に残っている保守的な意識を変えられたらいいですね。といっても、設立したばかりの会社で、社員はまだ4人。必死に走り回っています(笑)。

中村:私が所属する企業価値創造部もまだ少人数なので、とても忙しいです(笑)。そもそも新しい事業を次々に生み出していくことが使命ですから、仕事が減ることはありません。新しいことを生み出すために、スピード感を持って自由に動ける仕組みづくりも必要だと考えています。

実積を積み重ねられれば、「人員を増やしてください」と声を上げやすくなるのですが、まだ社内外に向けて新しいことにチャレンジしているぞと示している最中です。でも、そのチャレンジ自体がチームのモチベーションになっていると思います。

HIP:お二人から「自由に動ける」という発言がありましたが、大企業でオープンイノベーションに挑戦する場合、やはり障壁が存在するのでしょうか。

中村:それが、最初に話した「鉄道会社なのだから、安全・安心、安定輸送がしっかりしてればいい」という考えだと思います。

私自身、もともとは財務部で資金調達などを長く担当していました。財務部にとっては健全な経営や信用が重要ですから、私も非常に保守的な考えを持っていたと思います。しかし、ベンチャー企業の担当者と顔を合わせたり、ピッチイベントに行ったりするなかで、お客さまのための新たなサービスや企業としての価値を追求し続ける方々の姿を目の当たりにして、このままではいけないと考えが大きく変わりました。いまでは、企業文化を壊す側の人間になったと思っています。むしろ私たちのミッションだと腹をくくっていますね。

柴田:JR東日本でのオープンイノベーションに対する障壁は、これまで30年間、順調にやってこれたという成功体験ではないかと感じています。その成功体験があるからこそ、新たなチャレンジは抵抗も受けやすい。「変えなくてもいいんじゃないか」「いまのままで何が悪いんだ」と。

われわれがベンチャー企業と協業する目的は、一般的に言われる「時間やアイデアを買う」ということだけではありません。それに加えて、チャレンジングな文化や風土も取り込みたいと考えたからです。それが企業全体に波及して、ポジティブな効果を生み出すと期待しています。

「JR東日本スタートアッププログラム 2017」で優秀賞(アクセラレーションコース)を受賞した株式会社Huber.と慶應義塾大学経済学部・藤田康範研究室

HIP:社内からのバックアップはどのような体制になっているのでしょうか。

中村:上司を含めて近くの人間は、「とりあえずやってみろ」と背中を押してくれます。むしろ、何も挑戦しないでいると怒られる。安全・安心を第一に考える東京メトロという企業のなかでは珍しいことです。これまでの仕事では、逐一細かい確認があったり、関係各所への確認を求められたりしていました。そういった意味では、素早い決断が可能で、いろんなことが試せる環境が、最大のバックアップともいえますね。

柴田:JR東日本の場合は、企業トップからのコミットメントですね。さまざまな場面で、「自前主義の打破」「オープンイノベーションの重要性」「外部の力の活用」といったメッセージを発してくれているので、徐々に理念が浸透していっていると感じています。私も何度も叱咤されています(笑)。

利用者の快適さを考える「待ち受け型」の施策ではダメ。

HIP:「東京メトロ アクセラレーター」「JR東日本スタートアッププログラム」の審査に合格した企業の選定基準についてお聞かせ下さい。

柴田:JR東日本グループとのシナジーは重視しました。ただ、それだけではなく、いままでのJR東日本にはなかった新たな視点や考え方があるベンチャー企業を11社、採用させていただきました。

中村:「東京メトロ アクセラレーター2017」では、「社会課題を解決したい!」と「『東京を楽しく』したい!」という2つのテーマを設けて、それに沿う5社を選定させてもらいました。柴田さんのお話にもありましたが、私たちが着目しなかった視点を持った企業は評価が高くなったと思います。

HIP:両社とも、外国人観光客に向けたサービスを行う企業の採用が目立ちました。これまでにも、自前で外国人観光客向けの専用乗車券や案内板の強化、専用アプリなどの施策は実施されていましたが、ここでも視点の違いが顕著に現れたのでしょうか?

中村:自前で行ってきたこれまでの施策は、やはり鉄道事業者として、利用者に快適に過ごしてもらうという視点が中心でした。もちろんその充実は大事なミッションです。一方で、アクセラレータープログラムで出会った企業からの提案は、まずは東京の魅力を知ってもらい、訪日してもらうことを目的にしたサービスもあった。つまり「旅前」にフォーカスしたサービスだったんです。

たしかに、そもそも東京に来てもらわないと、東京メトロは使ってもらえませんからね。私たちも東京の魅力を発掘、発信して、東京メトロで訪れてもらうための施策を実施していますが、訪日前の人へのアプローチは不足していると感じています。

「東京メトロ アクセラレーター 2017」最終審査の様子

柴田:中村さんがおっしゃるとおり、鉄道事業者のアイデアは「待ち受け型」になりがちです。外国人観光客が日本や駅にいらっしゃってからの案内やサービスの充実に目がいってしまう。われわれも、旅前にフォーカスしたアプリ「WAmazing」を開発、運営するWAmazing株式会社と協業して、当社エリアのスキー場の情報を配信し、送客もしました。そういうアプローチを補完していただけるのはありがたいですね。

HIP:ベンチャー企業と協業していくなかで感じたメリットや可能性、または課題を教えてください。

中村:ベンチャーのスピード感は、とても刺激になりました。大企業同士の取引のように、書面で確認して上司の決裁を取ってというプロセスを踏んでいては、ついていけません。1回の打合せですべてが決まることも珍しくなく、これまでの1か月が1日で過ぎていくような感覚です。

柴田:たしかに、ベンチャー企業のスピードは印象的でした。それに加えて、われわれの既存の発想の弱点を気づかせてくれました。旅前にフォーカスしたサービスのほか、審査員特別賞に選ばせていただいたecbo株式会社は、駅のコインロッカー不足という悩みを、近隣の店舗や飲食店を荷物の預かり場所にするという発想で解消しました。われわれのこれまでの発想だったら、このような手法は思いつかず、大型コインロッカーを開発するために、駅のスペースを探していたかもしれません。

また一方で、われわれと組むことで、メディアなどが取り上げてくれるのは、ベンチャー企業にとってメリットになるのではないでしょうか。双方にとって、価値のある取り組みといえると思います。

いずれは新規事業で鉄道を支えなければならない日がくる? JRとメトロの危機感と覚悟とは?

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