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日本酒業界の常識を変えた『獺祭』。桜井博志が改革に挑み続けられる理由
旭酒造社長 桜井博志
2015.07.14

逆風を受けるというのは、酒蔵としてはおいしいこと

HIP:新たな価値観の下で生み出された『獺祭』は、伝統的な日本酒の造り方である杜氏制度(日本酒の醸造工程を行う職人制度)を廃止して、社員と一緒に製造されていますよね。

桜井:これまで日本酒造りを30年間やってきましたが、前半の15年間は杜氏と一緒に昔ながらの日本酒の造り方をしていました。その後、造り方をデータで管理するようになり、杜氏抜きで社員と日本酒を造り始めましたが、最初の1、2年はほとんど何も言われませんでしたね。でも、造る日本酒が良くなってくると批判を言われるようになりました。

HIP:良くなってから批判されるんですね。

桜井:そりゃそうです。杜氏たちからすれば、私たちが杜氏なしで酒を造って上手くいってしまうと、杜氏制度に対する明らかな挑戦じゃないですか。「そこまでやれば酒が良いのは当たり前」とか、捨て台詞みたいなものもずいぶん聞きましたね。

HIP:杜氏制度の廃止で、他にも影響はありましたか?

桜井:次第に、日本酒ファンのお客さんが壁になり始めましたね。昔からの日本酒ファンのお客さんって「日本酒ってこうあるべきだ」っていうイメージがあるじゃないですか。うちはその伝統に挑戦していくわけですから、なかなか支持してもらえないですよね。

HIP:昔からの日本酒ファンの人たちからの厳しい反応はどれくらいの期間続いたんですか?

桜井:今でもずっと続いてますよ。それはもう仕方ないんだと思っています。逆に、会社としてはおいしい状態かもしれないですね。お客さんからそういう反発があるってことは、同業他社のライバルが出てこないってことじゃないですか。

HIP:なるほど。たしかに、非難されているところに参入しようとする人は少なそうです。

桜井:くず米として処分されていた「等外米」を使って『獺祭 等外』という商品を作ったときも批判を浴びました。『獺祭 等外』は美味しく飲める時間に限りがあり、お客さんに早く飲んでいただく必要があったので、流通力のあるワタミさんと組んで商品を提供したんです。そのときは、「『獺祭』を安価な居酒屋チェーンに売るなんて、高級イメージで売ってきたイメージが下がる」という批判をいっぱい受けました。

HIP:ブランドイメージへの影響なども気にされなかったんですか?

桜井:こうしたらブランドのイメージが良くなって、こうしたら消費者を上手いこと操れる……イメージ戦略ってそんなもんですよね。そんな目先のことしか考えていない戦略では、長くは持たないと思います。『獺祭 等外』をワタミで販売してもらえれば、少なくとも農家が処分に困っていた等外米は売れるし、社会に対しても善ですよね。ライバルも入ってきませんし。今では、逆風を受けるというのは、酒蔵としてはおいしいことだと思っています。

HIP:しかし、そういった逆風の中にあっては、ストレスも相当なものかと……。

桜井:ストレスは、あって当たり前で、仕方ないと思っています。それから私の場合、途中のある段階で、できない自分を認めるようになったんです。ああ、もうできなくていいんだ、かっこわるくてもいいんだ、って。そうすると不思議なもんで、力が抜けて、色んなストレスに対処できるようになっていくんですね。

データ化しないと、思考の飛躍は起こせない

HIP:そういったストレスの中でも、ご自身が信じた道を進まれてきたわけですが、何がその決断を支えてきたのでしょうか?

桜井:振り返ってみると、結局はお客さんなんですよね。お客さんが「美味しい」と納得して、感動してくれればいい。杜氏が反発しようと、同業他社が足を引っ張ろうと、日本酒のマニア層と言われる人たちが反旗を翻そうと、お客さんにさえ満足してもらえれば、大丈夫なんです。

HIP:エンドユーザーに支持されれば、周囲が何を言おうと関係ない、と。

桜井:同業他社がどこにいこうと、ポジションがどうであろうと、自分はびくともしません。お客さんが「美味しい」と思うお酒を、納得できる価格で手に入れてもらえればそれでいい、と考えています。では、美味しいお酒をつくるにはどうすればいいか。これって結構単純なんです。良い原料を使って、良い設備環境を用意して、優秀なスタッフを投入する。これが一番良い酒を造る条件なわけです。

HIP:原料の話でいうと、『獺祭』の原料である山田錦が不足したことから、富士通の「akisai」という農業向けクラウドシステムを導入して生産を広げていく取り組みを、農家と連携しながら進められているそうですね。これは、どのように決断されたのですか?

桜井:日本には米が余っているのに、山田錦は足りていない。これって完璧に矛盾してますよね。で、「なぜなんだ?」と疑問に思うわけです。こういう課題があるところに企業が飛躍するビジネスチャンスがあると思っています。「akisai」はまさにその課題に対してぴったりでしたから、すぐに導入を決断しました。

HIP:杜氏制度を廃してデータで日本酒をつくったのと同様、農業もデータ化していくべきだと。

桜井:データ化しないと、そこから先が出来ないんですよ。現状がきちんと把握できないと、何をやったらいいのかわからないし、思考の飛躍が起こらない。農家の人たちは「心を込めて作っている」ことをしきりに強調しますが、データ化もしないで大和魂だけで飛躍できるなんてことは世の中にないんです。

HIP:酒造りも農業も、データ化して初めて次のステップを踏めるということですね。蓄積したデータはどう管理されているんですか?

桜井:データはほとんどオープンにしています。肝はデータではなく、それをどう活用するかなので。データの一つや二つ、外部に知られることはたいした問題じゃありません。いくらデータを隠したって、わかる人にはわかるんです。そうしたら、見せてしまったほうが日本酒業界のためになりますよね。

損か得かだけで選択する人生は不幸だ

HIP:「akisai」の導入もそうですが、あらゆることへの決断が早いですよね。

桜井:そうですね。正解かどうかはどっちでもいいから、とにかく決断は早くないと。だめだったらすぐやめればいいだけですからね。

HIP:社風としても、決断や変化に柔軟ということでしょうか?

桜井:私はできるだけ言いたいことを言うようにはしていますし、社員にもそれを伝えています。製造部長なんかには、「お前は家にダーツを買ってわしの顔写真を貼っとけ、そのかわり会社では言いたいことを言うぞ」と言っていますし(笑)。

HIP:(笑)。風通しの良さを意識されているのですね。

桜井:もちろん、全員が言いたいことを言えるわけではないんですけどね。日本の組織は、空気で動いたりすることが多いじゃないですか。私はそれがだめで。そういうのは拒否するんです、嫌いなので。

HIP:色んなことを合理的に判断なさっているように見えますが、好き嫌いで判断することは多いんですか?

桜井:長期的なことに関しては、好き嫌いで判断していますね。社員にも、好きか嫌いかで判断する人生の方がいいよと言っています。損か得かだけで選択していく人生は不幸だ、とね。

HIP:とは言え、最終的にはとても合理的に、事業を成長させていらっしゃる。

桜井:帳尻を合わせて合理的に動いているというかんじではないんですよね。どうなんでしょう、結局人間っていうのは、正しいことをやるのが好きなんじゃないでしょうかね。

HIP:なるほど、桜井社長をご指名になったHIP talk第1回のトヨタの田中さんも、「正しさ」について近しいお話しをされていました。では今後、どのように『獺祭』を展開していくのかを教えてください。

桜井:今、力を入れているのは海外市場です。簡単じゃないですが、海外にも『獺祭』の魅力をわかってくださる人たちがいるので、そういうお客さんのところにきちんと届けていきたい。日本でやってきたことと同じように、美味しい日本酒を提供して、お客さんが納得するまで説明するということが大事だと思います。困難なことこそ、自分たちが挑戦する価値があると信じて取り組んでいきます。

次回のHIP talkは……?

HIP:では最後に、桜井さんが今気になっている、イノベーティブなプロジェクトや人物を教えていただけますでしょうか。

桜井:これは難しいですね。いろんな人がいますよね。うーん、同業種じゃなければ、ユニクロの柳井さんは尊敬する経営者です。それから、無印良品さんでしょうか。あまねく広く、新たな価値観を提供してくれる存在として注目しています。

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