INTERVIEW
2020年には自動運転走行? 自動車とテクノロジーの未来 — 「HIP Conference vol.1」イベントレポート(2)
馬場渉(SAPジャパン株式会社 バイスプレジデント・チーフイノベーションオフィサー)/土井三浩(日産自動車株式会社 理事・アライアンス グローバル ダイレクター 総合研究所長)/泉田良輔(「Longine」編集長)

INFORMATION

2015.08.31

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HIPとビジネス系ニュースアプリ「NewsPicks」によるコラボレーションイベント、「HIP Conference」の第1回が2015年7月27日に開催された。

初回のテーマは「自動車」。「『モータリゼーション2.0×都市』〜都心におけるモビリティの可能性〜」と題し、3つのセッションが繰り広げられた。「モータリゼーション2.0の自動車」のセッションには、SAPジャパン株式会社 バイスプレジデント・チーフイノベーションオフィサーの馬場渉氏と、日産自動車株式会社 理事・アライアンス グローバル ダイレクター 総合研究所長の土井三浩氏の二人がゲストとして登壇。金融メディア「Longine」編集長の泉田良輔氏がモデレーターを務めた。テクノロジーは、自動車をどのように変えるのか? 

取材・文:HIP編集部 写真:豊島望

車のデジタル化が進むと、自動車市場を新たに捉え直す必要がある

セッションはSAPジャパンの馬場氏のスピーチから始まった。

馬場氏「土井さんの前で申し上げるのも怖いんですが、ぼく自身は車を持っていません(笑)。でも、年間に1000回以上は乗車しています。仕事でも車の未来に関するリサーチを行っていますが、車のデジタル化が進み、『コネクテッド・カー』を始めとする、全く新しい価値観が出てきています。」

馬場渉氏(SAPジャパン株式会社 バイスプレジデント・チーフイノベーションオフィサー)

コネクテッド・カーとは、その名の通りインターネットと接続する自動車のことだ。GPS機能など様々なセンサーを付けることで自動車に関するデータを収集でき、走行支援、車両診断、渋滞緩和や交通管理、交通事故削減、保険サービスなどに活用することができる。新たな市場創造が期待されている分野だ。

馬場氏「コネクテッド・カーで車のデジタル化が進むと、利用者の視点を加えて自動車市場を捉え直す必要が出てきます。利用者の視点に立つと、車はカスタマージャーニーのうちのタッチポイントのひとつ。車内での音楽視聴やドライブスルーでの購買体験など、様々な体験が関連し、車がプラットフォーム化していきます。」

コネクテッド・カーの登場により、これまで自動車業界が市場と見なしてこなかった領域が市場になり得る。それは同時に、これまで自動車業界に参入していなかったプレイヤーにも、チャンスが広がっているということだ。

馬場氏「今年も開催されたラスベガスのCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー。家庭用エレクトロニクス分野で世界最大の国際見本市)では、モーターショーと見間違えそうなほど、多くのコネクテッド・カーが出展されていました。最近ヨーロッパのラグジュアリーブランド二社が、当社のデジタルプラットフォームを採用しコネクテッド・カーとデジタル体験を統合した車を開発しています。車を所有していない私でも所有欲を刺激されるようなものです。そうした『デジタルおもてなし技術』によって車を通じた利用者とのエンゲージメントを高めなければ、コネクテッド・カーの時代では勝てません。車を保有していても、週末しか車との接点がないようなエンゲージメントレベルが低い利用者は多くいます。デジタルの世界で表現すると、『DAU(デイリーアクティブユーザー)が高い』という状態をコネクテッド・カーとデジタル体験によってサービス設計できるようになったのです。既存の自動車業界は、保有者のDAUをどう高めるかという議論を、より積極的にしていく必要があると考えています。」

2020年には市街地での自動運転走行を実現したい

続いて、日産自動車株式会社の土井氏のスピーチに。「森ビルさんが都市のことを日々考えているように、日産は道や移動のことを日々考えている」と話す土井氏は、都市の構造と人々の移動手段との関係について言及した。

土井氏「都市の特徴によって、街での移動手段が決まります。たとえば、人口密度が低いロサンゼルスは、車中心の移動。人口密度の高い東京は、公共交通中心の移動となっています。公共交通を使ったときの移動速度が車より速いのは、世界を見ても東京だけです。こうした都市の形態を捉えて街における移動を考えなければなりません。」

都市の特徴を踏まえながら、日産は「電動化」と「知能化」という2つの柱で開発を進めているという。

土井三浩氏(日産自動車株式会社 理事・アライアンス グローバル ダイレクター 総合研究所長)

土井氏「日産は自動運転の領域において、先頭をきっていきたいと考えています。2007年のモーターショーでは電動化・知能化された『PIVO2』というコンセプトカーを登場させましたが、近年、ようやく現実的なものになってきました。現在のロードマップでは、2016年には渋滞中の単一レーンでの自動運転、2018年には高速道路での車線変更しながらの自動運転、2020年までには市街地での自動運転を可能にしていこうと動いています。ただ、市街地での自動運転は簡単なことではありません。たとえば、赤信号と前の車のテールランプをどう見分けるか。フェンス越しから来る車や道路と平行して歩く人間をどう捉えるかなど、課題が数多くあります。」

市街地での走行における課題を解決するために、今後はどんなアプローチをとっていくのだろうか。

土井氏「市街地での自動運転車の走行を実現するためには、もっと車を賢くさせる必要があります。街中を走らせて学習をさせ、いかに精度を上げていくか。こういったことを2020年に向けて行っています。」

自動車を『動く部屋』と捉えることができるようになれば、新たなニーズが生まれてくる

これまでコネクテッド・カーと自動運転車というキーワードが出てきたが、ソフトウェアを提供するSAPジャパン、車というハードウェアを提供する日産、それぞれの立場からこれらに着目している理由は何なのだろうか? モデレーター・泉田氏の質問からフリートークが始まった。

泉田氏「お二人はどういったことをきっかけに、コネクテッド・カーや自動運転車の兆候が見えてきたのでしょうか?」

土井氏「お客さんに変化が生じたということだと思います。30年前は、ある年齢に達すると皆免許を取得していましたし、1日の生活もシーケンシャルに行動がある程度決まっていた。ですが、インターネットとスマートフォンの登場で、生活者の行動がマルチタスク化しています。こうした世の中の変化に応えないといけません。」

馬場氏「時間が細切れになり、プライベートと仕事の時間が混同するような時代ですからね。どのプレイヤーも、どうやって顧客の時間のシェアをとるか考え、業界を越えた顧客争奪戦が起き始めているように感じます。積極的に顧客を呼び込もうとすると、車という存在を無視することはできません。顧客の視点に立って繋ぎ合わせていくことが必要になると思います。」

泉田氏「どこまでを自分たちで担うのかが自動車業界の課題だと。馬場さん、自動車業界にはできない、ソフトウェア会社だからこそできることはありますか?」

馬場氏「ソフトウェアの発想、思考は、今まで自動車業界でモノづくりをしていた人からすると、とても常識外れな発想かもしれません。ただし、ユーザーはこれまでの自動車業界の価値観とは異なる価値観を持っていることもある。たとえば、自分は乗らなくても自動運転車を使いたいというニーズ。買い物に行って、買ったものだけ自宅に運んでくれて、自分は別の場所に移動できるなど。そうしたサイバーとフィジカルの顧客体験全体をソフトウェアが統合します。自動運転車を『タイヤの付いた空間』や『動く部屋』と捉えると、『自動車』という捉え方とは異なるニーズがたくさん出てきます。自動車業界がこれまでとは異なった価値観で発想するには、ソフトウェアの考え方が必要になると思います。」

泉田氏「アメリカは都市と自動車の関係が密接に結びついているように感じますが、公共交通での移動が中心になっている東京で自動運転車は広まりにくいのでは?」

土井氏「自動運転は、インフラが綺麗に整備されていない場所ではより難しくなります。アメリカはよく道路の白線が消えたりしていますが、東京は大体どこに行っても白線が綺麗に引いてあるので、環境としては良いですね。一方で、他の交通手段が発達しているため、自動運転車が必要なシーンが限られます。まずは混雑した高速道路上でも、自動で車間距離を保つなどストレスなく長距離移動ができる自動運転車の価値を体感してもらう。その後、徐々に市街地でも実現していく。ただ、2020年に市街地で完全無人の自動運転車を走らせるのは、現時点では難しいと考えています。難しいのであれば、それを踏まえた上でどんな技術が必要になるかを考えていかないといけない。」

ドイツの人が共通して言うのは、「モノの時代は終わる」ということ

セッションの終盤では、アメリカを中心にモノのサービスシフトが起きる中で、日本の自動車業界の未来がどうなっていくのか議論が繰り広げられた。

泉田氏「ドイツはモノづくり大国でありながら、ハードウェアをインターネットに繋げて『コネクテッド』にすることで、さらに付加価値を高めようとしているそうですね。ドイツでは車に対してどのように考えている状況なのでしょうか?」

馬場氏「ドイツの自動車メーカーの人たちと話をしていると、『日本の自動車メーカーは、この先もずっと車を作っていくつもりなのか』という話題になります。ドイツと同じモノづくり大国である日本が、サービス化の流れにどうアダプトしていくかを気にしているようです。サービス化の流れをフォローするのか、それともリードするのか。ドイツの政府、メーカー、スタートアップなど、いろいろなプレイヤーに話を聞いていますが、少なくとも共通しているのは、『モノの時代は終わるだろう』と捉えていることですね。」

泉田氏「モビリティの競争はサービスに寄った話になってきています。今後、日本の製造業の立ち位置はどのようになっていくのでしょうか?」

土井氏「ひとつ言えるのは、他の業界と対決するつもりはないということです。モノのサービスシフトが起きているのはその通りですし、人が求めているのは車を所有することではなく、移動をすること。我々はもともと鉄とゴムで車を作ってきたわけで、インターネット時代のサービスが得意とは言えません。社内だけでやるのは限界があり、社外と組んで仕掛けるほうがスピードも上がります。以前より、誰とやるのかが重要になってきているのは間違いありません。」

泉田氏「日産はNASAとも組んでいますよね。その狙いは?」

土井氏「自動運転関連ですね。自動運転のトピックのひとつとしてロボットタクシーがあります。いつか実現すると考えて各社取り組んでいますが、完全無人で運用するのは難しい。NASAは遠隔操作やセキュリティが強いので、提携に至りました。」

泉田氏「自動車メーカーが情報通信技術にどこまで関わっていくのかについて、どうお考えですか?」

馬場氏「私たちの本業は、ビッグデータの処理や、全体のプロセスを繋いでいくことです。これは自動車業界の本業とは考えにくい。蓄積されたデータを使って新しい事業を起こすのは自動車メーカーの役割で、データの所有者も自動車会社や利用者自身のものです。私たちはそれをシンプルに実現する仕組みを提供していくというスタンスです。」

泉田氏「土井さんはいかがですか?」

土井氏「信じられるパートナーと協業して、自分たちにできないことをお願いすることが必要だと思います。ただ、社内にも目利きが必要です。ビッグデータを活用して、車自体の品質を上げたり、より質の高いサービスに繋げていく方法がわかる『人財』を社内に持ちながら、良いパートナーを探していけたらと思っています。」

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